高校受験について思うこと

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昨日は沖縄県立高校入試の合格発表の日でした。
今年はぶながやっ子ハウスに通ってくれた子どもたち全員が志望校に合格し、後輩たちに夢と希望を与えてくれました。本当にうれしいことです。みんな、よく頑張ってくれたと思います。

高校受験について

沖縄県立高校入試が終わって昨日の発表まで、いろいろなことを考えさせられました。大丈夫だろうと高をくくっていても、やはり不安だったんだろうと思います。

高校受験は必要か

yamaが大宜味に来た頃、大宜味では中学校を卒業しても高校へ進学しない(受験しない)子どもたちが毎年何人かいましたが、近頃ではほとんどいなくなりました。ぶながやっ子ハウスではこれまでに多くの保護者に進学や勉強の大切さを訴え続けてきました。それが影響してくれているならうれしいことです。高校進学が絶対必要なのか、高校に通えば幸せになれるのか、それはわかりません。しかし、必要でないから、幸せになれないかもしれないから、などは、高校に行かなくてもよい理由にはなるでしょうが、高校に行かない方がよい理由には絶対になりません。高校受験を選択しない理由にはなっても、高校受験を否定する理由にはならないはずです。特段の理由がない限り、高校には通っておいた方が可能性を広げることになると思います。通ってみてイヤになってしまったらやめればいいだけです。しかし、通わないでいたなら急に行きたくなっても簡単には通うことはできません
yamaは、これまでに何人かの不登校だった中学生の高校受験を手伝ったことがあります。先頃、革命家などと名乗って義務教育を否定して話題となった子どもがいます。そんな彼も今年、沖縄の県立高校を受験したそうです。義務教育を否定的にとらえていた彼にとっても、高校進学には何らかの意味やメリットがあったのでしょう。夢や何かやりたいことを持ったとき、子どもたちは「勉強」の大切さ、必要性に気づくのだと思います。気づいたときには遅すぎたなどと言うことにならない様に、我々、周りの大人は気を配っておきたいものです。

「勉強」は何のため?

中には、流されてロボットのように周りと同じ行動をとっているだけの子どもたちもいると思います。しかし、周りに流されることはけして悪いとは限りません。自分では判断できないとき、状況がよく把握できていないときなど、非常時を除けば多くの場合には周りに流されることは安全で確実な方法であることが多いのです。「とりあえず高校に行く」ことも同じです。それが最善であるとはけして言いませんが、夢が見つかっていないとき、将来を決めかねているとき、そんなときは周りに流されてみるのもいいかもしれません。

いつから高校受験を始めるべきか

yamaは「学力」は多くの能力や特性の上に成り立っていると考えています。ですから、「学力」を伸ばしてやりたければ、子どもたちが持つ様々な能力や特性(「非認知能力」)をまず伸ばしてやらなければならないはずです。大人になってからでも「非認知能力」を高めることはできますが、「非認知能力」は幼い頃に飛躍的に高まることが知られています。その意味では、できるだけ早いうち、子どもたちが2~3歳の頃から高校受験の準備を始める(「非認知能力」を伸ばしておく)べきです。また、特に幼い頃の「非認知能力」を伸ばすためには親子関係や生活習慣が重要であることがわかっています。ですから、高校に限らず、受験のためだからといって、幼い頃から習い事や塾に通わせることはあまりお勧めしません。特に、習い事や塾が忙しすぎて、親子関係や生活習慣に影響が出る様では逆効果になってしまうでしょう。

ぶながやっ子ハウスの高校受験支援

ぶながやっ子ハウスは塾ではありません。ぶながやっ子ハウスが目指すものは、大宜味村の子どもたちの健全育成です。高校受験も健全育成の一環として支援しています。ですから、一般の塾とは方針や方法がまったく違います。

ぶながやっ子ハウスの健全育成

ぶながやっ子ハウスでは、子どもたちの学習習慣や姿勢を育てることを意識しています。「あれこれ手伝って合格させる」ことよりも、「自分の力で合格する」を目標としています。ですから特に初めのうちは、基本問題やパターン問題の反復演習を通して、子どもたちの自己効力感や学習習慣を育てることを目差します。
また、ぶながやっ子ハウスでは「頑張れ」と言う言葉はあまり使いません。高校受験は「精神論」や「根性論」だけでは乗り切れません。ぶながやっ子ハウスでは、子どもたち一人一人にあわせて、志望校を聞き取り志望校合格に必要な学力(テストの目標点数)を考えさせます。その後に、どの科目のどの単元で何点取るか(取れるか)、どうやって取るか、と言った具体的な作戦を決めます。あとは作戦に沿ってまるでゲームのように取り組ませていけばいいだけです。
中学3年生、15歳と言えば思春期まっただ中。この貴重で大切な時期の子どもたちが高校受験だけに振り回されてほしくはありません。この年頃の子どもたちには、高校受験よりも大切なことがたくさんあるはずだからです。この時期をどの様に過ごすか、が子どもたちの将来に大きな影響を与える、とyamaは考えているからです。できることなら、高校受験を楽に乗り越えてもらいたい、と考えています。
yamaは、精神論や根性論の「勉強」や、覚えさせるだけの詰め込み型の「勉強」などが大嫌いです。子どもたちにそんな「勉強」をさせたいとは思いません。子どもたちの負担を減らし、できるだけ楽に「勉強」できる方法はないかとずっと考え続けています。

 

理想の「勉強」

高校に通わないでいたら行きたくなっても簡単には通うことはできない旨、お話ししました。
これに関連して、yamaが何十年も前から感じていることがあります。
それまでまったく勉強していなかった子どもが高校受験したくなっても簡単には受験勉強できない。
yamaはそんな実例をたくさん見てきました。中学3年生になってから部活をやめ、睡眠時間を削り、好きなことも諦めて、受験勉強をする。それでもまだ、志望校に合格できればよいのですが、合格できないこともあります。また、例え合格しても、中途退学してしまったり、退学までしないまでも燃え尽き症候群になってしまったり。そんな子どもたちが「勉強」によいイメージを持つはずがありません。場合によっては「勉強」のために人生を狂わされてしまった、とさえ感じてしまうでしょう。それらは全て、高校受験の準備を始めるのが遅すぎたので高校受験に必要な能力や特性を身につけていないからだろう、とyamaは考えています。
そんな子どもたちがいる一方で、それほど苦労もせずに受験を乗り切り、余裕を保ちつつ志望校に合格していく子どもたちがいます。そんな子どもたちは高校受験を意識していたかはわかりませんが、それまでに高校受験に必要な様々な能力や特性を身につけていたのではないでしょうか。
そんな子どもたちの違いについてyamaはずっと考えてきました。そして、できれば、全ての子どもたちを苦労もせずに受験などを乗り切る子どもたちに育てたい、と今でも考え続けています。そして、それがぶながやっ子ハウスの健全育成のめざすところの一つでもあります。
子どもたちが大きくなったときに高校受験を望むとは限りません。しかし、子どもたちは高校受験以外にも様々な挑戦を乗り越えて成長し、自分にとっての幸せをつかんでいくものです。そんな様々な挑戦を乗り越えていく力、それこそが「非認知能力」だ、とyamaは考えています。そして、幼い頃から「勉強」習慣を育ててやることで様々な「非認知能力」を高めることができる、と信じています。子どもたちが何かに挑戦したくなったときから始めたのでは遅いのです。その前から準備しておくべきだと思います。今だけを見るのではなく、子どもたちが何かに挑戦をしたくなる時のことを意識してする「勉強」をさせてやりたいものだ、と考えています。ぶながやっ子ハウスでは、小学生の子どもたちに宿題をさせるときにも、将来役に立つ能力や特性、学習習慣や態度などを身につけてやることを第一に考えています。

 

 

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