環境教育(自然体験)

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ぶながやっ子ハウスでは、子どもたちの特性や能力を伸ばすためには「情操教育」が不可欠だと考えています。「情操教育」とは、体験を通して子どもたち様々な刺激を与え、子どもたちの心と脳を育てようとする教育のことです。色々なものを観て聴いて触れて感じることが、そのまま、子どもたちの様々な能力を引き出してくれる、という考え方です。

ぶながやっ子ハウスの環境教育と自然体験

「環境教育」と言うと堅苦しく聞こえるかもしれません。でも、ぶながやっ子ハウスが目指している「環境教育」は、そんなにアカデミックなものではありません。ただの「自然体験」と言った方がふさわしいくらいかもしれません。

確かに、自然や環境は大切です。でも、実際の自然や環境に触れてみなければ、その本当の大切さはわからないと思います。子供の頃に海や山で遊んだことがある人が自然や環境に対して持つイメージと、遊んだことのない人のイメージとでは歴然とした差があると思います。特に、自然や環境を守るだけでなく、どの様にして共存し、そこからの恵みをどの様に享受するか、については、海や山で遊んだことがなければ、具体的なイメージは持つことはできないと思います。机に座って書物やネットの情報を見ているだけではけして理解することはできないのです。

情操教育の一環としての自然体験

近頃、「情操教育」と言う言葉をあまり耳にしなくなりました。子どもたちにとって「情操教育」はとても重要だとyamaは考えています。最近になってようやく、「自己肯定感」や「自己効力感」、「受援力」、「ストレス耐性」、「社会性」などと言った「非認知能力」の重要性が認められる様になってきました。これらの「非認知能力」のほとんどは、心や脳の動きや働きです。「非認知能力」を高めたければ、まず心と頭脳を育てるべきだと思います。「情操教育」とはまさにそのための教育なのです。
自然に触れてみたり環境について考えてみたりするだけでも非常に有効な「情操教育」になり得るとyamaは考えています。自然や環境は子どもたちの興味や好奇心を育ててくれるだけではありません。子どもたちを自然の中で遊ばせていると、子どもたち自身から、探したり比べたり試したり、いろいろなことを勝手に始めます。そんな体験を通して子どもたちは様々な特性や能力を身につけていくのです。その量は、日常生活の中で得るものとは格段の差があります。自然の中で遊ばせておくだけで、子供たちの心や脳は驚くほど発達するものなのです。ぶながやっ子ハウスを運営する一般社団法人の名前を喜如嘉山学校とつけたのは、そんな想いがあったからです。

自然体験のもう一つの目的

ぶながやっ子ハウスが自然体験にこだわる理由はもう一つあります。
子どもが自然の中で様々な体験をするとき、子どもたちの周りには、必ずと言っていいほど大人たちがいます。子どもたちだけで自然体験をすることはまずありません。(子どもたちが完全に自立し、自然のことをよく知る様になるまでは。) ほとんどの場合、そんな大人たちとは、子どもたちの親か保護者です。子供たちにとっての自然体験は、そのまま、親や保護者との共通体験であることが多いのです。
子どもたちが、自然と言う非日常の中で親や保護者と一緒に過ごすことで、子どもたちは自己肯定感を育んでいきます。幼い頃に親や保護者との共通体験としての自然体験をたくさん経験した思い出がたくさんある子どもは、強い自己肯定感を持つことができます。さらに、健全な愛着の形成(再形成)、受援力やストレス耐性の涵養なども、大いに期待できるでしょう。
できれば、月に何度かは、子どもたちと一緒に自然の中で過ごしてもらいたいと思います。

環境教育(自然体験)

 

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